結論から言う。意志力で戦うのをやめて、画面配置で勝つことにした。
これ、めちゃくちゃ地味な話なんだけど、1,300日続けてきた中で、地味に効果が大きかった工夫のひとつだと思ってる。
「無意識にタップしてる」という恐怖
正直に告白する。スマホを開いて、気づいたらSNSのアプリを開いてる瞬間、僕にもある。
「ちょっと確認するだけ」のつもりが、気づいたら15分経ってる。しかも、何を見てたのか、よく覚えてない。ただ指が勝手に動いて、勝手にタップしてただけ。
これ、意志の弱さの問題じゃないと思ってる。人間の手って、思ってる以上に「習慣化された場所」に無意識で伸びる。ホーム画面の一番押しやすい位置、一番目立つ場所にあるアイコンに、脳が判断する前に指が先に動いてしまう。
つまり、SNSを開いてしまうのは、意志力の問題じゃなくて、単純に「そこにあるから」なんだよね。
だったら、そこに置くものを変えればいい
この気づきから生まれたのが、今のスマホの画面配置だ。
やってることはシンプル。
- SNSアプリを、ホーム画面の一番押しやすい位置から追い出す
- その一等地に、Duolingoのアイコンを置く
- SNSアプリは、フォルダの奥、もしくは2ページ目以降に追いやる
たったこれだけ。でも効果は、正直予想以上だった。
無意識に手が伸びる場所を変えるだけで、無意識の行動そのものが変わる。SNSを開こうとして、指が向かった先にDuolingoがある。「あ、じゃあついでにこっちやるか」という流れが、自然に生まれるようになった。
なぜ「意志力」より「配置」の方が強いのか
これ、真面目に考えると理にかなってる話だと思ってる。
意志力って、体調や気分に左右される、すごく不安定な資源だ。疲れてる日、ストレスが溜まってる日は、意志力の残量が減ってる。そういう日ほど、「SNSを開かない」という判断を維持するのが難しくなる。
でも「環境」や「配置」は、体調に左右されない。疲れてようが元気だろうが、ホーム画面の一等地にDuolingoがある、という事実は変わらない。つまり、意志力に頼らずに、行動をコントロールできる。
「頑張って我慢する」んじゃなくて、「そもそも誘惑と向き合わなくて済む状態」を作る。これが、この画面配置の狙いだ。
具体的な配置の工夫、いくつか
もう少し具体的に、僕がやってる工夫を書いておく。
ホーム画面1ページ目には、Duolingoだけを目立たせる
他のアプリはできるだけ少なくして、Duolingoのアイコンが視界に入りやすいようにしてる。情報が多いと、目移りしてしまうから。
SNSアプリは、あえて起動に一手間かかる場所に
フォルダの中、しかもフォルダを開いてもう1回スクロールしないと出てこない位置。この「一手間」が、無意識のタップを防ぐ、地味だけど効くブレーキになる。
通知は、Duolingoだけオンにする
SNSの通知は基本オフ。逆にDuolingoのリマインダー通知はオンにしてある。目に入る通知が少ないほど、スマホを開く理由がDuolingoに集約されていく。
この配置術の、地味だけど本質的な効果
この工夫を始めてから、面白いことに気づいた。
スマホを開く回数自体は、たぶんそんなに変わってない。でも、「開いた後に何をするか」が、明らかに変わった。以前は無意識にSNSに吸い込まれてた時間が、今は「じゃあ1レッスンやるか」に置き換わってる。
これ、時間の使い方を変えたというより、無意識の行動の「初期設定」を変えた、という感覚に近い。
誘惑をなくすんじゃなく、誘惑の向きを変える
SNS自体は悪者じゃないと思ってる。友達との繋がりも、情報収集も、SNSでしか得られない価値はたくさんある。だから完全に排除する必要はないと思ってる。
ただ、「無意識に開いてしまう」という部分だけを、ちょっとずらす。誘惑をゼロにするんじゃなく、誘惑の矛先を、SNSからDuolingoに、ほんの少しだけ向け直す。
1,300日、この地味な画面配置の工夫が、僕の「無意識の指の動き」を、地道に継続の味方に変えてくれてる気がしてる。


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